アメリカ生活、最初の頃

2000年1月15日で私のアメリカ生活も丸3年になりました。
早いものだなあ、というのが正直な気持ちです。
というわけで、来たばかりの頃の思い出などを…
私が来たのは1997年1月15日。
当時あったJALの成田=アトランタ直行便を経由してシャーロット空港へ。
シャーロットの高層ビル群やエリクソンスタジアムをはじめてみた時、ここがアメリカなんだなあと実感しました。

空港からは1時間ほどのドライブで自宅へ。

でも高速道路を走っても日本とは違う広大さ。なんと言ってもびっくりしたのはバーストしたタイヤの残骸や、故障車が道路の脇に転がっていること…(;^_^A アセアセ・・・
なんてところだ…

来たばかりの頃はマジでホームシック気味でした。
主人以外知る人がいなかったのですから。

毎日日本の家族や友人へ電話をかけまくり、手紙を書きまくる日々。
格安プランにしていなかったこともあって、毎月の電話の請求が200ドル近くあったのもこのころです(爆)

このころは「ああ、これで一週間たった、これで2ヶ月目」などと日にちの計算ばかりしていました。でもこの習慣は1年目を過ぎたとたんにきれいになくなってしまいましたが(笑)

なんと言ってもありがたかったのは、近くに住む同じ赴任者仲間の皆様の支援でした。
買い物や食事の場所から、運転のコツまでいろいろ教えていただいき、時には誘って頂いて一緒に遊んだりと、本当に感謝ですm(__)m

さて運転と言えば忘れられないエピソードがひとつ…

アメリカ、特にこのあたりでは車がないと本当に生活に不自由します。
徒歩や自転車で買い物にいけるところなんてないんですからね(^_^;)
だいたい歩いている人が珍しいくらい。

自動車は大人ひとりに一台必要なのですが、主人は車を買うことをずっと渋っていました。
主人にはもうすでに車がありましたが、仕事に行く時に乗っていってしまうので、出かけられてしまうとどうしようもない。

右も左も分からない、慣れないアメリカ、そして左ハンドル右側通行だと言うことで心配だったんでしょうね。
日本でもそれほど運転は上手くない方でしたから。

でも車がないと家から一歩も出られない(^_^;)
買い物だっていけない、せっかく知り合いになった近所のお友達の所にも遊びにいけない。
主人といっしょでなければ何も行動できないというのはいくら夫婦でもストレスがたまります(苦笑)

1ヶ月くらいしてついにキレました(爆)
結局、その後知人にお願いしてディーラーめぐりをし、中古車を購入しました。
お金のかかることですが、アメリカの社会構造がそうなっている以上どうしようもないですね…。

ほんとうにどんな人でも車に乗っているし、こんなので走るの?なんて車もガンガン走っていますから。
このあとノースカロライナ州の運転免許取得でも一苦労しましたが、それについてはこちらを見ていただくことにしましょう。

最近はアメリカでの生活にもだいぶ慣れて、ホームシックもなくなりましたが、何せ言葉も習慣も違う異国暮らし。未だに戸惑うことも多いです。
でもアメリカに住むと言うのも悪くないかな、と思う今日この頃。

アメリカに来たことで自分が日本人であることを再認識したのもちょっとした収穫かな。

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