カーネーションをシンボルとし、日本でもすっかりおなじみになった母の日は、アンナ=ジャーヴィス
Anna M Jarvis(1864〜1948)が創設したといわれ、1915年当時のウイルソン大統領によって祝日と定められたそうです。出来てからまだ100年も経っていないわけですね。 母の日を祝う習慣は古代ローマ、ギリシャ時代からあったようで、紀元前250年ごろに当時のローマでは3月中旬にキュベレ(ギリシャ神話のルアー、神々の母)をたたえる春のお祭りがあったとか。 他にもイギリスの古い習慣に母なる日曜日(Mothering Sunday), レントの真中の日曜日(Mid-Lent-Sunday)という習慣があったそうです。 なおレントとは聖灰水曜日(Ash Wednesday)からイースター前日までの日曜日を除く40日間のことで、荒野のキリストを記念して断食を行う期間のことです。 |
| アンナ=ジャーヴィスと母の日 |
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| アンナ=ジャーヴィスは1864年5月1日に誕生し、ウエストバージニアで育ちました。 アンナが学校を卒業後、家族はフィラデルフィアに移り住みましたが、病弱の母の世話をするためにアンナは何年も世話を続け、そのために独身を通したそうです。 1905年5月9日にアンナの母親が亡くなりました。母を懐かしんだ彼女は子供というものは母親が生きている間、そのありがたさに気づかないものだということを悟りました。 1907年、彼女は友人たちに自分の考えを表明。友人たちに支えられて署名活動を続け、1908年5月10日には彼女のゆかりの土地であるウエストバージニア、フィラデルフィア、ペンシルバニアで最初の母の日が祝われました。 アンナの夢は大統領の5月第2日曜日を母の日とする宣言で結実しました。 1948年没 |
| カーネーションの由来 |
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| カーネーションは生花、コサージュなどに良く使われます。 ヨーロッパではカーネーションは解熱剤などに用いられてきました。 1907年、アンナ=ジャーヴィスは母の日のシンボルとしてピンクのカーネーションを選びました。またウエストバージニアで行われた教会の礼拝では白いカーネーションが提供されました。それが由来となったようです。 現在白いカーネーションはその甘くよい香りで母を懐かしむための花、そして赤のカーネーションは血の赤、心、そして生命と愛情を表す花として考えられているようです。 参考:http://theholidayspot.com/mothersday/index.htm |
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